
現在、陶芸家として活躍されている吉川団十郎さん。21年前、中国旅行に誘われたものの、行き先が中国の「貴州」と言われた時にはがっかりしてしまったそうだ。断りきれずにやむなく行くことになった中国は、吉川さんにとってたいして面白味も感じられず、行く先々で「旅費の無駄使いだ」と心の中でグチってばかりいた。ところが、旅の最終目的地である貴州の風景を目にした途端、思わず涙があふれ出てきてしまったという。以来、貴州に魅せられ貴州を訪れた回数は、なんと16回。貴州の何がそこまで吉川さんを虜にしてしまったのだろうか? 今回は『貴州旅情』という本や楽曲も発表されている"宮城の団十郎"こと、吉川団十郎さんに貴州の魅力について語ってもらった。
<プロフィール>
本名 吉川 昇 (きっかわ のぼる)
1948年 宮城県名取市に生まれる
1974年 ヤマハポピュラーソングコンテスト
● 東北グランプリ大会にてグランプリ 「キューピーちゃん」
● 全国大会にて入賞・川上賞・キャニオンレコード賞
19 75年 同コンテスト
● 東北グランプリ大会にて入賞 「ママのお誕生日」
● 全国大会にて川上賞
● 世界歌謡祭へ出場(日本代表)
19 76年 4月 芸能界へ入る(28歳・ヤマハプロダクション)
ヒット曲「ああ宮城県」 LPレコード「陽陰者」「田舎者」
1977年 3月 芸能界引退、宮城県に戻る
1981年 陶芸活動を開始 (宮城県柴田郡村田町)
1990年 中国貴州省少数民族の村々を訪問し作曲や本を書き始める
1992年 宮城県地域づくり大賞受賞 (新・伊達なクニづくりスピリット部門)
1996年 宮城県緑化功労賞
同年 村田町自治功労者として表彰を受ける
2003年 8月 中国貴州省旅游(観光)局より親善大使に任命される
同月 中国貴州省「貞豊県名誉県民」授与
2008年 還暦記念・日本全国作曲の旅をスタートする
出村:吉川さんは、現在、陶芸のお仕事を中心に活動されていると伺っています。かつては、シンガーソングライターとして活躍され、「ああ宮城県」というヒット曲をお持ちでいらっしゃいますが、たった1年で音楽活動から引退されたそうですね。しかし、そんな吉川さんを、もう一度表舞台にあげたのが『貴州旅情』という歌と本。中国の貴州省を旅された経験をもとに書かれた『貴州旅情』という本と同じタイトルの楽曲は、吉川さんの貴州への愛しい思いから生まれたものということですが、貴州にはこれまでに何回ぐらい行かれたのですか?

(万峰林や満開の菜の花畑の様子がご覧いただけます!!)
吉川さん:16回です。5回目に行った後に、「もっと貴州のことを日本の人たちに知ってもらいたい」と思い、本とCDを発表しました。
出村:貴州省ひとすじに16回とはすごい数ですね。それだけ吉川さんにとって貴州は魅力的なところだったのですね。最初はどのようなきっかけで貴州省に行かれたのでしょうか?
吉川さん:最初は、半分無理やり連れて行かれたんです。知人で中国通の人がいて「中国に行きませんか?」って誘われたのがきっかけです。この方は、大友二郎さんという方で「宮城県名取日中友好協会」の会長をされていました。お誘いを受けた時、私も中国には関心があったので一度は行きたいなと思っていました。それで「どこに行くの?」って尋ねると「貴州」って言われたんです。そんなところは聞いたこともない。私としては、せっかく中国に行くのなら有名な場所に行きたいと思っていました。万里の長城とか西安とか、桂林や四川省など。みんなが知っているようなメジャーなところです。だから貴州って聞いた時、「それ、どこだ?」って、正直、がっかりしました。それで断ろうと思っていたのですが、断るのが下手な性格で、ズルズルと・・・。それが1990年、今から21年前のことです。2週間の旅で旅費だけで当時38万円程かかりました。それで貴州に着いてからもいろいろな費用がかかりました。仙台空港から1日で行けるところではないので、一度、上海まで行ってそこから次の日、貴州に向かうわけです。ただ、国際都市上海の街を見られるという点では楽しみでしたね。ところが初めて見る上海にはビックリさせられましたよ。

出村:それはどうしてですか?
吉川さん:上海の空港を一歩表に出てみると、目に入ったのは舗装もされていない土だらけの空港駐車場。それと我々を空港へ迎えに来てくれていたガイドの謝さんは自転車で1時間以上かけて来たと言うんです。国際都市と言われる上海ですから、私は東京や大阪のような大都会を想像していたんですね。そしたら上海の夜の街に着いたのは良いが街中が真っ暗でした。停電なんだって。おまけにガスもストップしていて、ホテルや食堂からは「夕食は何処に言ってもできないはずですよ」って言われてしまいました。日本と同じような環境だと勝手に思い込んでいたので「こういうところだったのか」と大きなショックを受けました。今でこそ上海は巨大都市に変貌しましたが、21年前の上海はまだまだ発展途上。まったく違っていました。その時に観光名所の蘇州・昆明(雲南省)にも立ち寄りました。確かに趣のある雰囲気の街ではありましたが、私にとってハマルようなところはありませんでした。たぶん時間が足りなかったせいもあるのでしょうね。
出村:その昆明から貴州に入られたんですか?
吉川さん:そうです。昆明から夜行列車に乗り、早朝、貴州省の安順駅に着きました。
出村:海外に行くと文化や習慣の違いって本当に驚かされますよね。初めて見る貴州省の印象はいかがでしたか?
吉川さん:安順の街を抜けると、おむすび山のような山がボコンボコンといくつも見えてきました。「何だ、これは」って。そして目の前には見渡す限り菜の花が広がっているではありませんか。旅をした時期が2月の終わりから3月にかけてだったので、菜の花が咲き乱れていたんです。その美しさといったら、もう、なんといって良いのやら・・・。その風景を見た途端、涙がボロボロと出てきました。絶景というのはこういうことを言うんだと実感しました。それまでは「つまんない、つまんない。来るんじゃなかった」ってグチっていた私の気持ちは貴州の風景を目にして一瞬で感動に変わっていきました。夢の中でしか見ることができないようなお花畑、そんな風景が見渡す限り広がっているのですから。


出村:連れて行ってくれた人が中国通だったから、美しい貴州の風景もご存知だったのでしょうね。当時の中国はいろいろと規制も多かったことを考えると、日本の旅行社では貴州のツアーは企画できなかったと思います。
吉川さん:そうですね。当時の貴州省の面積の70%くらいは旅行者に対して未解放地区だったようです(!?)。でも私たちは訪ねることができました。それは、その中国通の大友さんが「宮城県名取日中友好協会」の会長をやっていた関係で中国に凄く顔が利き、未開放地区でも観光の許可が下りたのだと思います。未開放地区への訪問は「観光」というより「冒険」という言葉のほうがピッタリでしたね。
出村:なるほど。貴州省と言っても広いですが、吉川さんはどこが素晴らしいとお思いですか?
吉川さん:省都の貴陽市から西南方面へ向かうコースですね。先ほども言ったように貴陽を抜け安順地区に入ると山の景色が一変します。おむすび山の連続です。行けども行けどもおむすび山です。その安順を通って貞豊県や万峰林の方に向かう景色が絶景です。途中の黄果樹(こうかじゅ)では"アジアで一番"とも言われている大瀑布(滝)を目にできますよ。黄果樹から花江鎮に向かう景色は貴州の中でも一級の景色でしょう。春先は、何百キロと広がる菜の花畑、そしてそこに暮らす少数民族のありのままの生活が見れます。
貞豊県では鈴を付けた馬車が菜の花畑の中をゆっくりと行きかう姿も目にできました。そののどかな光景は、まさに絵本の中の世界です。それと万峰林の絶景の山々。「尖った山が林のように万という数だけある」っていうことで「万峰林」と名付けられたそうです。私がお薦めする№1の観光名所がここです。貴州に行くなら万峰林まで行かないと損ですよ。
6年前、こんなことがありました。仙台のとある会社が社員旅行で貴州に行くことになりました。そこで2社の旅行代理店で入札することになったのですが、1000円安く見積もっていた代理店に決まったんです。ところが2つの旅行代理店が企画した貴州の観光ルートが違っていたんです。1000円安かった代理店のルートは省都の貴陽市を中心にしたコースでした。なんと奥地にある万峰林が入っていなかったんです。もう一つの代理店のルートにはちゃんと入っていた。1000円の差で万峰林に行けないなんて、はっきり言って大損です。万峰林まで行かない旅行だったなら一度言った旅行者は「貴州は1回行ったからもういいや」と答えるでしょうね。が、万峰林まで行った旅行者ならば「もう1度、貴州に行きたい。そして別の地域も見てみたい」と答えるのではないでしょうか。だから私からすると、その会社は、「非常にもったいないことをしたな」と思いました。貴州の魅力は秘境と言われる奥地(田舎)に行かなければ本当の良さが分かりません。
出村:省都の貴陽市から貞豊県や万峰林に向かうコースというのは何日もかかるんでしょうか。
吉川さん:昔はそうでしたが、今は高速道路もできたのでそれほど大変じゃありません。でも、高速道路を使わないほうが人々の生活を見ることができます。それにもちろん風景もいい。もしも日程に余裕があるのであればですが、高速道路を使わない旅がお勧めです。

出村:万峰林も、最近やっと日本でも知られるようになってきたと思います。ところで、吉川さんが最初に行かれた時は貴州がどのようなところか予備知識がまったくなかったわけですよね。だからこそ感動は相当のものだったのしょうね。
吉川さん:本当にそうでした。ただ、貴州を最初に旅した時には、その後に何度も訪ねることになろうとは思ってもいませんでした。
出村:そうなのですか。その後の吉川さんに何が起こったのでしょう?
吉川さん:風景は本当に素晴らしいのですが、21年前の貴州の田舎の宿泊施設や食事などは現在とは違ってとにかくひどかったです。
私たちはワゴン車に乗って未開放地区の奥地へと進んで行く訳なんですが、中国の秘境と言われる貴州ですからもちろん道路は舗装されていません。それに「天に三日の晴れ間なく」と言われるほど貴州は雨が多いところです。だから道は当然ぬかるんでグチャグチャ。そんな道を走ると車はしょっちゅうヌカルミにはまりスリップしてしまう。そんなときは我々が車から降りて、「ヨイショ・ヨイショ」と押すわけですよ。だから靴やズボンは泥だらけ。そんな悪路を走るので車も乾くことがなく床下はサビのせいで穴ぼこだらけ。当時の中国は、都会でもあまり車は走っていませんでした。そしてまた、走る場所が貴州の奥地となれば、車なんてほとんど見かけない。だからガソリンスタンドなんて滅多にあるはずもない。で、どうするかというと、ワゴン車の後ろにガソリンタンクを積んで走るわけです。そのガソリンの臭いがくさくて、くさくて・・・。ガソリンの臭いで気分が悪くなってくる。頭も痛くなってくるんです。だから走っている間中、ずっと窓も開けっ放しです。それがまた寒くて寒くて・・・。たまりませんでしたよ。景色には感動したけれども、身体はもうクタクタ。私を連れて行ってくれた大友さんは「また来ましょうね」って言ってくれたのですが、私は返事もしませんでした(笑い)。そんなわけで日本に帰ってきた時にはホッとしました。ところが不思議なことに帰ってしばらくすると、貴州がなぜか恋しくなってきちゃったんです。また行きたいなあって。次は同じ貴州省でも別の地域に行ってみたいなと思うようになったんです。そんな状況の中、いつしか、大友さんから「来年も行こうよ」と誘われると二つ返事で同行することを約束していました。たとえば「不便な貴州はもうイヤだ」って言う気持ちと「風景の素晴らしさをもう一度見てみたい」と言う気持ちを天秤にかけてみると「もう一度見てみたい」と言う気持ちのほうが勝つんですね。
出村:二度あることは三度ある。三度あれば・・・。そうやって貴州行きがクセになっていったんですね(笑い)。他に、貴州通の吉川さんが勧めるスポットがあったら教えてください。
吉川さん:貴陽市から2時間ほどのところに天龍鎮っていう町があるんですよ。そこには「老漢族」という少数民族が住んでいます。そしてそこからすぐのところに雲鷲山というおむすび山があります。登るのに30分程かかって、坂がちょっときついのですがこの山の上からの風景も素晴らしいですよ。絶対にお勧めです。回りの風景を360度パノラマで見渡すことができます。それから織金(ズージン)というところにある鍾乳洞もすごい。その鍾乳洞はとんでもなく広く長い鍾乳洞で日本最大の秋吉台とは比べものにならないです。

出村:なるほど。16回も貴州に行かれていると、貴州の四季もよくご存知なんでしょうね。
吉川さん:それがそうではないんですよ。実は秋に行ったことがないんです。秋と言えば日本では"文化の秋""芸術の秋"ということで、陶芸活動や文化講演(講師)等をしている私としては忙しい時期になるんです。だから秋には行ったことがない。私としては春の貴州が一番すばらしいと思っていますが、ぜひ秋の貴州にもいつか行ってみたいですね。9月末頃の貴州の棚田には黄金色の稲穂がタワワに実っていて綺麗だそうですよ。

出村:貴州省には少数民族の人たちが暮らしていますが、貴州の観光化が進むことで彼らに変化というものは見られるのでしょうか?
吉川さん:貴州は「中国の最後の秘境」と言われてはいるものの、最近では未開放地区も開放され観光化も進んでいます。設備の良いホテルが田舎にも沢山できたり、一般道路も舗装され、そして高速道路が作られたりと観光化は日進月歩です。貴州の少数民族の人たちも観光客の前で民族衣装を着て踊ってくれるのですが、以前は素朴な楽器と唄だけで踊っていました。それが今ではCDで音楽を流して踊るようになっています。それと、私が最初に訪れた頃は、まったく踊りが下手でチグハグでした。それが最近、少数民族の村々に多くの観光客が訪れるようになると、踊りもどんどん上手くなっています。現在はお金をとって観せるるわけですから、少数民族の人たちもしっかりと練習するようになったのでしょうね。それに衣装も変わってきました。少数民族のミャオ族という人たちの衣装は銀飾りをつけたりして以前からきらびやかだったのですが、トン族の人たちの衣装は地味だったんです。ところが私が20年前に会ったトン族の人たちの服装と今のトン族の人たちが着ている服装は多少違ってきているんですよ。今ではトン族の人たちの服装も派手になっている。だから、つい最近訪問した時には20年前に撮影した写真を持って行き、それを見せて「ビデオ撮影をしますので、この写真と同じ服装をして踊って下さい。つまり昔の伝統ある服装で踊ってほしい」ってお願いしたほどでした(笑い)。


出村:トン族の人たちもやっぱり華やかな衣装の方がいいんですね。観光客にしても華やかな衣装で踊ってもらったほうが喜ぶのでしょうかね。
吉川さん:そうですね。これも時代の流れなんでしょうけど、私個人的にはトン族の昔ながらの地味な服装の方が好みですね。
出村:今では、「貴州のことなら団十郎に聞け!」と言われるほどの存在になった吉川さんですからいろんな人から貴州に連れて行ってくれとお願いされているのではないですか?
吉川さん:はい。何度も貴州に行っているので「連れて行ってくれ」ということになっています。それに最初に私を貴州に連れて行ってくれた大友さんも亡くなられたので、私が貴州の案内人になってしまいました。ただ困ったことが一つ。私としては貴州以外の省にはまったく関心がないので貴州に直行したいのですが、初めて中国に行く人はそうじゃない。せっかくだから蘇州や万里の長城など、他の省にも行きたいわけですよ。それで毎回、蘇州・無錫・豫園・万里の長城・紫禁城など、必ずどこかに連れて行くはめに・・・。正直、飽きちゃって(笑い)。だから今では貴州以外どこにも行かないですむように飛行機時間を調整しています。つまり、その日のうちに乗り継いで1日で貴州まで行けるようにね。
出村:なるほど。最初に中国に行く人はやっぱりそういう観光名所にも行きたいですよね。初めて中国に行くことになった時の吉川さんのように(笑い)。
これからも貴州省と日本の架け橋役を続けてください。今日はお忙しいところ、貴州の旅の思い出をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
Interviewer : 出村隆行(ファイブスタークラブ)
Writer : 亀崎 恒(フリーライター)
Editor : 森 裕(ファイブスタークラブ)
- 次の記事: 第24回 "言いわけすんな!"を社訓に仕事も遊びもいつも全力投球!!シーアイエー株式会社代表取締役・横山光衛さん<前編>
- 前の記事: 第22回 ミシュラン3ツ星日本料亭料理長がだしの取り方を伝授! 大阪千里山『柏屋』店主兼料理長 松尾英明さん

