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第22回 ミシュラン3ツ星日本料亭料理長がだしの取り方を伝授! 大阪千里山『柏屋』店主兼料理長 松尾英明さん

柏屋店主兼料理長の松尾英明さん

速報!『柏屋』にもう一つの栄誉!
2011年11月、世界的権威を誇るホテルとレストランの会員組織「ルレ・エ・シャトー」に加盟しました!

ルレ・エ・シャトー公式ホームページ<ワールドワイド版>
※(注意)2012年1月31日現在ルレ・エ・シャトー日本版ホームページの更新はまだ行われていないようです。

松尾さんは、大学在学中、理学部で理論物理学を学んでいた。卒業後、料理人になることを志し180度違うと言っても言い過ぎではない料理の世界に飛び込んだ。いったい、松尾さんに何があったのか!?
松尾さんは、家業が日本料理店であったことから、いつしか料理に対する興味は高まり、大学在学中より何度となく友人たちに得意料理をふるまっていたそうだ。そして、そんな中、松尾さん自身、"運命的な出会い"であったと表現する茶道との出会いで松尾さんの進むべき道は決まる。

「女性の花嫁修業のひとつだと思っていた茶道が、実は、美術工芸をはじめとする日本文化全体に有機的に結びついていることを学び衝撃を覚えた」

とその時をふり返る松尾さん。さらに、松尾さんはこう語る。

「伝統を守るということは、実はすべて意味のある作業なんです。でも、それは特別なことではなく、普通のことを普通にできるようにすること。新しい技術によっていろいろ変ってゆくことは認めますが、それぞれの本質をずっと大切にしていきたい」

料亭は個室でのもてなしが基本。料理人が客と触れ合う機会は少ない。けれど回を重ねる度にゆっくりでも少しずつ分かり合っていけばいい。季節や自然、部屋の佇まいと器。すべてが一体となって客を心地よい世界に誘(いざな)う。そんな世界に真心のこもった料理を提供する。それが、『柏屋』なのである。
このような料理に対する姿勢が多くのお客様から支持を受ける松尾さんは、海外からも含めた様々なメディアにも対応し、忙しい日々を過ごしている。
今回は、3ツ星日本料亭の店主であり料理長の松尾さんに料理のお話はもちろん、客をもてなす極意。そして、本格日本料亭の味を家庭でも簡単に出せるだしの取り方を特別にこっそり伝授していただいた。


<プロフィール>
大阪府高槻市出身。関西学院大学理学部(現在は理工学部)を卒業後、明治元年創業、日本料理・懐石料理の老舗、『招福楼本店』(滋賀県東近江市)にて3年間料理の修行。日本料理店を経営していた父親の元に戻り、その後料理長となる。
現在は、店主として父親から経営を引き継ぎ、『柏屋』の料理長も務める。料理人として後進の指導、海外の日本料理店で料理や接客の技術指導、また、若き料理人たちと協力し合い料理の素晴らしさを伝え続けると共に、地域の活性化にも貢献している。

閑静な住宅街にまるで隠れ家のようにひっそりと建つ
数寄屋造りの料亭『柏屋』
平成5年に既存の店舗を取り壊し全面新築

『千里山 柏屋』
<TEL>06-6386-2234
<E-Mail> kashiwaya.kasuian@hera.eonet.ne.jp
<住所>〒565-0851 大阪府吹田市千里山西2-5-18
<アクセス>
阪急北千里線千里山駅 西口 車5分
阪急北千里線関大前駅 北西口 徒歩10分
地下鉄御堂筋線緑地公園駅 東口 徒歩15分

『柏屋』玄関
4月、しだれ桜と共に

森:茶道にめざめたのは、いつごろで、何がきっかけで、どのようにして松尾さんの心の琴線にひっかかったのですか?

松尾さん:お茶の稽古を始めたのは、確か二十歳の頃だったと思います。直接のきっかけは、お世話になっていた京都、大徳寺芳春院の和尚様よりの進めで、西大路七条の高源寺の庵主様(池田宗弘先生)の稽古場に通うようになりました。しかし、子供の頃に両親に連れられて京都のお寺や神社に詣でた帰りに、陶器屋や骨董屋に出入りした経験が日本の伝統文化や工芸に興味を持つ手かがりになっていたと思います。事実、小学5年生の頃に自分のお小遣いで伏見稲荷の陶器屋さんで抹茶茶碗を買っては茶を点てていたのを覚えています。それが、後年稽古場に通うようになって雑多な興味の矛先が有機的につながり現在に至る道を開いてくれたのだと思います。

『柏屋』のシンボル的存在のひとつ
茶室「嘉翆庵」(三畳台目)

茶室「嘉翆庵」へと続く中庭

森:大学卒業後に料理人を目指し修業を始められましたが、修行中の苦労話を聞かせてください。苦労話だけでなく楽しかったこともあれば聞かせてください。

松尾さん:大学を卒業するまでは、ほぼすべての時間を、自分の時間として生活していましたので、ほぼ自分の時間がない生活に慣れることがとても大変だったと思います。そんな中でも、私の生涯の師となる中村秀太郎氏(当時の招福楼店主)と出会ったことで自分の目指す道がさらに明確となり、日々、新しい発見に大きな喜びを感じるようになりました。昨日より今日、今日より明日とどんどんとその道に引き込まれ、現在に至ると言った感じです。

森:大学では理学部だったそうですね。どのようなことを学んでいらっしゃったのですか? また、それは、現在の料理のお仕事に生かされていたりするのでしょうか?

松尾さん:理論物理学です。物理から料理へと全く異なった世界に方向転換したと思われがちなのですが、自分の中では自然に繋がっているように感じています。物理学での物事の考え方や、組み立て方、頭の中に浮かんだイメージや考えたことを具体的な物、つまり、料理として組み立てる時に活かされているような気がします。まあ、結局人生は一本道ですから過去の経験の上に現在が成り立っているもののように思っています。

【理論物理学とは】※フリー百科事典 ウィキペディアより抜粋

物理学において、理論的な模型や理論的仮定(主に数学的な仮定)を基に理論を構築し、既知の実験事実(観測や観察の結果)や、自然現象などを説明し、かつ未知の現象に対しても予想、予言し得る物理理論を扱う分野のこと。

伊勢海老の料理と蛤の器に鮑の軟らか煮、蕨、生雲丹に岩茸など

森:お店の献立はどのようにして決めるのですか? 

松尾さん:特に、お客様からのご要望がない場合は、季節の趣向や伝統的な行事、例えば、節分や、ひな祭り等々をテーマに旬の材料を使い献立を考えています。原則的にはお客様のご用向き、お好みなどをお伺いしながらお客様ごとにお料理を用意しています。

おせち料理 三段重
あまりの美しさに思わず溜め息・・・

森:新作料理は、どのような過程で生まれてくるのですか? 音楽家のように、頭の中に、突然、詞や曲が浮かんできたりするのでしょうか?

松尾さん:どのような過程で生まれてくるかが解明できたら、苦労はないでしょうね。それに解明できたとしたら、それを人に教えることはあの世に行く直前まではしゃべらないでしょう。現実的には、頭の中にある種のイメージ。例えば、味わいであったり、食感、風味、香り、またビジュアル的な色合いであったり、彩りなど、もしくはそれらが組み合わさったものが日常的に浮かんでは消え、その頭の中のイメージが素材や料理手法、テクニックなどと結びついてきた時に実現可能かどうかのジャッジメントが行われ、可能と出れば具体的に頭の中で組み立て完成品をイメージする。そして、実際にそれを作るという流れですね。

春の八寸 花見団子見立ての串物と雪洞の器に鯛の白子、
桜花小皿に車海老のお料理

森:私のような論理的思考が欠如している人間にはついていけないですね。その頭の中で組み立てた新作料理の味もわかったりするということですね? 

松尾さん:もちろん、頭の中で組み立てる段階で味わいもイメージされていて、イメージ通りになるように組み立てていきますから、ほぼイメージ通りに出来上がります。

森:天才料理家と言われたことはありますか?

松尾さん:もちろん言われたことはありませんし、決して私は天才料理家ではありません。

『柏屋』の評判を聞きつけはるばる韓国のTV番組が取材に訪れる
韓国の若手新進料理研究家のエドワード・クォン氏と松尾さん

森:お客様にお出しする料理と、試作品のままで終わってしまう料理の割合はどれくらいなのですか?

松尾さん:"犬も歩けば棒にあたる"的な試作。つまり、結果(出来上がり)を予想しないまま、具体的に試作することはありませんので、試作すればほぼお客様にお出しする料理になります。しかし、頭の中で組み立てていく作業が試作と言うのであれば、試作で終わるもの、アイディアだけで終わる物は数多くあります。先程の質問にも関わることですが、新しい技術的な試みや新しい手法は、日常に料理していく中で生まれることが多いのです。それは、完成されていると思い込んで毎日行っている作業でも見方や切り口を変えることで今までにない仕上がりや結果を生み出すことがあったりします。また、おもしろいことに不注意や偶然が生み出す結果、これを一般的には失敗と言うのでしょうが、新しい切り口やアイディアの種になることはよくあります。

森:3ツ星日本料亭のまかない料理って特別だったりするのでしょうか?

松尾さん:極々日常食ですので、ご披露するような特別のものはありません。具体的には、親子丼、うどん、野菜炒め、カレーなど一般的なものがほとんどです。ただ、柏屋では練習や経験の意味合いから若いスタッフがまかない料理を担当することになっていますので、日々彼らの成長の過程を見ることになります。食べた後に担当者にその献立の意図を聞いてみると、「ああ、なるほど。たぶん、そのような物を作ろうとしたんだろうな」なんてことはよくあります。

如是の間(8畳間。座卓、もしくはテーブル。6名様まで)

森:2010年にとうとうミシュランの3ツ星を獲得されました。ミシュランの調査員はどのようにお店をチェックするでしょう? 

松尾さん:それが全く解らないんです。話によると、調査員はもちろん自分が調査員とは名乗りません。そして、来店は1回だけではなく、何度となく訪れるそうです。そのあたりはベールに包まれているようです。連絡は、ミシュランの事務局のようなところの担当の方から入ってきました。

森:ミシュランの事務方から最初にコンタクトがあったときの感想は?

松尾さん:自分の店が郊外の、しかも近隣に商店のない住宅地のど真ん中にありますから、よくこんなとこまで調査に来るもんだと思いました。

沙羅の間(12畳間。掘りごたつ式。12名様まで)

森:こだわりに関する質問です。お料理に対するこだわり。道具に対するこだわり。おもてなしのこだわり等々、松尾さんのこだわりについてお聞かせください。

松尾さん:料理に関しては、「普通のことを普通にする」これは、スタッフにも心がけてほしい姿勢として常日頃から言っています。材料を吟味する、とか、鰹と昆布で出汁を取る、とか、お客様が口にする時に最高の状態であるようにする。などなど例えればきりがないことですが、一つ一つは、ごく普通で、当然な事ばかりです。しかし、品質より、安価、安易な物を選んでしまう。簡便な加工品、半加工品などを使う。作り手の都合で無配慮に作り置きをしたり、手間を省いてしまう。このような事が当然のように日常的に行われているのをあまりにも多く目にします。とても悲しいことです。

森:家庭でも出せる本格日本料亭のような味!!可能ですか?可能なのであれば簡単でよいのでこっそりその方法を教えてください。

松尾さん:可能です。「普通のことを普通にしましょう」。とりあえず、昆布と鰹節で出汁を取りましょう。難しくはありません。超簡単。昆布も鰹節も保存が出来、簡便に出汁が作れるように長い年月を掛けて工夫され作られてきた物ですから。
さて、前置きはこんなところにしておいて、用意するものは次の3つです。

真昆布:10~15g
鰹節 :20~25g
水:500~600cc

1.出汁を作る3~8時間前に水に昆布を漬ける。朝使うなら、寝る前に。夜使うなら、お買い物の前に。長時間置く時は冷蔵庫に入れておく。

2.1を鍋に移し、火に掛ける。沸騰してきたら火を止めて昆布を取り出し、鰹節を入れる。静かに箸で鰹節を沈めて白いアクが出れば掬っておく。3~5分置いて、キッチンペーパーなどで漉す。

やってみれば、すごく簡単です。この出汁を使って、一度味噌汁でも作って下さい。間違いなく本物の味です。

煮物椀(油目葛叩き、蓬入り胡麻豆腐、針茗荷、木の芽など)

森:松尾さんはお料理で、何を表現したいですか? また、お料理のチカラってものは存在しますか? 存在するとすれば、お料理で何ができると思いますか?

松尾さん:ただお腹が一杯になるのと、美味しい物を食べて一杯になるのとは違うことだと思います。心をこめて作られたものを食べて満たされた時は心も豊かになると思います。心が豊かになれば、人の和が育まれると思います。

森:中国・上海のとある日本料理店によくお出掛けになると聞きました。何をしていらっしゃるのですか? 

松尾さん:上海に4店舗を構える「魚蔵」と言う日本料理店で献立(メニュー)の提案、提供サービスのコーディネートと、現地スタッフの技術指導をしています。

上海『魚蔵』4号店の金城豊さんとスタッフ(金城さんは寿司職人でもある)
食べる人の好みに合わせ細やかで臨機応変な対応をしてくれる

森:中国人と日本人との味覚の違いってあるかと思いますが、実際に体験されてみてどう思われましたか?

松尾さん:中国人は日本人より、ハッキリした味付けを好まれるように思いますが日本料理の味わいも良くお解りだと思います。ただ、野菜より魚介類の素材の存在感がある料理を喜ばれるように思います。中国人の方も素材や味に敏感で、3月11日の震災による原発事故の影響で日本からの食材が輸入禁止になった時期は日本食を提供するお店に一時的に客足が減ったそうなんです。でも、今では元通りになっているようで私も胸をなでおろしています。最近、うれしい話も舞い込んできました。「魚蔵」さんが、新たに海外進出計画を進めることと、上海のいくつかの既存店舗を移転させて店舗面積を拡大するそうで、私もさらに忙しくなりそうです。私が協力したことが役立っていると思うととてもうれしいですね。

松柏の間(27畳間。座卓、もしくはテーブル。28名様まで)

森:松尾さんの今後のライフプランを聞かせてください。

松尾さん:私は、茶の師匠の池田宗弘先生に出会いお茶を通し日本文化の美しさ、豊かさ、楽しさを教えていただきました。また、料理の師匠である中村秀太郎氏に料理を通して、日本文化の楽しみ、遊び方を教わりました。そして、日本料理を通して日本文化を楽しめる空間を作ることを生涯の仕事にしました。まだまだ、足りない事ばかり。これからも精進の日々が続くと思っています。

お菓子と抹茶(秋のお菓子-栗の金団)
お料理の締めはやはりお抹茶です

森:本日は興味深いお話をたくさん聞かせていただきありがとうございました。私も積極的に情報を集めておいしい物を食べに出かけていきたいと思います。これからもおいしいお店情報などいろいろといただけると幸いです。是非ともよろしくお願いします。

Interviewer : 森 裕(ファイブスタークラブ)
Writer : 亀崎 恒(フリーライター)
Editor : 森 裕(ファイブスタークラブ)

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