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第10回 NPO法人「えがおつなげて」代表理事 曽根原久司さん

バブル経済の崩壊後、それまで金融コンサルタントの仕事をしていた曽根原久司さんは「これからは農業の時代がやって来る」と、金融とはまったく異なる農業の世界に飛び込んだ。そして2001年にはNPO法人「えがおつなげて」を立ち上げ、今日まで都市と農山村を結ぶさまざまな活動に力を注いでいる。そんな曽根原さんは、3年前にキルギス共和国に渡航し、生物群をエネルギー源として利用するバイオマスエネルギーのシンポジウムにも参加された。そこで今回は曽根原さんが代表を務める「えがおつなげて」の活動を紹介するとともに、キルギスで感じたことや旅の思い出などを語ってもらった。

<プロフィール>
曽根原久司(そねはら ひさし)さん
長野県出身、東京の大学を卒業後、フリーターを経て、経営コンサルタントの道へ。
銀行などの経営指導を通して日本の未来に危機を感じ、その救済モデルを創造すべく、1995年に東京から山梨の農山村地域へと移住。
2001年、農林業をしながら"村・人・時代づくり"をコンセプトに都市農村交流の実現を目指すNPO法人「えがおつなげて」を設立し、さまざまな活動を展開。
「第一回オーライ! ニッポン大賞ライフスタイル賞」受賞。
また、内閣府が選定する「地域活性化伝道師」235人中の1人にも選ばれる。
2010年、『世界の社会起業家を繋ぐSEOY(Social Entrepreneur of the Year)日本プログラム』のファイナリストに選ばれている。

<参考リンク>
※「えがおつなげて」ホームぺージはコチラをクリックしてください。
※『世界の社会起業家を繋ぐSEOY(Social Entrepreneur of the Year)日本プログラム』のファイナリストの詳細はコチラをクリックしてください。

えがおファームにて

―曽根原さんはNPO法人「えがおつなげて」の代表理事を務められていますが、この「えがおつなげて」とは、どのような活動をしている組織なのでしょうか?

曽根原さん: 端的に言えば、都市と農山村の共生社会を進めていく活動をしています。今、日本の農村地域では過疎高齢化が進んでいて、さまざまな問題を生み出しています。その一つとして耕作放棄者が増えて畑や山林が荒廃してきていることがあげられます。その一方で、都市部では自然回帰志向が高まり、「農業をやってみたい」という人たちが増えています。何かとストレスがたまりやすい都市生活者の中には、田舎の生活に興味を持つ人たちが多くなっているんですね。農業に興味を持っているのは個人だけではありません。企業のレベルでも同様で、農業に対して熱い視線が向けられています。農林業者と商工業者が手を結んで新商品や新サービスに取り組んでいこうという「農商工連携」もそのひとつですね。そこで農村地域と都市部をつなげる橋渡しをするのが私たち「えがおつなげて」の活動です。  

―確かに、都会で暮らす人たちの中には、田舎の生活や農業をやってみたいという人が増えているようです。田舎暮らしや農業を紹介する雑誌なんかも増えていますよね。では、「えがおつなげて」はいつ頃から活動されているのですか?また具体的にはどのようなことを行っていらっしゃるのでしょうか?

曽根原さん: 「えがおつなげて」は2001年にスタートしました。だから今年で10年目です。現在、メンバーは20名ほど。NPOとして山梨県に直営農場を持っていて、そこで農業生産を行っています。その現場に都市に住んでいる人に行ってもらって実際に農業を体験してもらう農業体験ツアーをコーディネイトしています。最近では農業体験の希望者も増えて、ほぼ毎週、行っています。山梨という土地柄、東京からの参加が圧倒的に多いですね。参加者も幅広いですよ。若い女性もいますし、中高年の男性もいる。子供たちの参加も多くて、彼らは農業の体験学習ですね。また企業が組織として農業体験に来るというケースもあります。企業の参加は最近、すごく増えています。つまり「えがおつなげて」には、個人編と企業編の農業体験ツアーがあるというわけです。
農業は、田植えからはじまり稲刈りがあって収穫があるので、4月から11月頃まで作業があります。だからその間、参加者は途絶えません。11月には収穫したもので味噌を作ったりするんですよ。

えがおファームでの農作業風景~みんなで力を合わせて~

―なんだか楽しそうですね。では曽根原さんは東京から山梨の方にしょっちゅう行かれているのですか?

曽根原さん: いえいえ、逆です。山梨に住んでいて用事があるときに東京にやってくるというスタイルをとっています。それ以外は、山梨で農作業をやっています。

―そうだったのですか。現在、曽根原さんは農業に関わる仕事をされているわけですが、もともと農業をされていたのですか?それともどこかの時点で農業に方向転換されたのでしょうか?

曽根原さん: 以前は東京に住んでいました。東京で銀行向けの経営コンサルタントをやっていたのです。ちょうどバブルの絶頂期からバブルの崩壊期まで。日本経済がもっとも良いときからもっともヒドイ状態になったときまでです。バブル経済が崩壊したとき、「これからの日本はどういう方向に向かうのだろうか」と考えてみると、「これからは農業が注目される時代が来るんじゃないか」と。一応、経営コンサルタントをやっていたので、それなりに分析もしましたが、直感的なものもありました。今後の日本の雇用を支えるのは、おそらく農業じゃないかと思ったんです。
ところがその頃すでに農村では過疎高齢化が進んでいて体力が弱っていた。一方で都会では農業に対する興味が少しずつ高まっていました。そこでツアーのようなかたちで都会と農村をつないで農村を活性化していこうと思ったんです。

―なるほど。私から見れば経営コンサルタントと農業は、まったく違う世界に思ってしまいます。「これからは農業」という発想がよく浮かんだものだなと驚かされました。それまで農業の経験はあったんですか?

曽根原さん: 出身が長野県で、小さな頃から農業の基礎的な動きはできていたんじゃないかなと自分では思っているのですが...。それで1995年に東京から山梨に移住することにしました。土地を買って家を建てて、それから活動を開始しました。自分自身で農業と林業を実践し、しばらくして自分が作った農場に来てもらうツアーの仕かけをはじめました。5年間は個人ベースでやっていましたね。

今では多くの農村ボランティアが参加している

―それが今の「えがおつなげて」の第一歩というわけですね。

曽根原さん: そうです。その頃は農業と林業だったので、そこに体験のツアーを少し入れたというわけです。お客様は9割以上が首都圏からの人たち。自分でフリーペーパーを作って農業体験ツアーの参加者を募っていました。その頃は『白州いなか倶楽部』という名称で活動していたんです。その活動が口コミで広がって、関心を示してくれる人が増えていった。で、いろんな人が「いっしょにやりたい」と言ってくれて、「それじゃ、みんながいっしょに参加できるような法人格を作ろう」ということで「えがおつなげて」をスタートさせたのです。

―なるほど。農業に力を入れている国はたくさんあると思うのですが、それらの国に出かけられたりしたことはありますか?

曽根原さん: 農業を見に行ったというのではないのですが、3年前に中央アジアにあるキルギス共和国に行ってきました。キルギスは農業国で畜産が盛んです。人々は牛や羊、山羊を飼ったりしています。それで畜産バイオマスをエネルギーとして利用できないかというシンポジウムがあって、それに参加しました。

キルギスの旅で

そのついでと言ってはなんですが、コーディネーターの案内で1週間ほどかけてキルギス共和国をいろいろと見て回ってきました。なかでも良かったのがイシククル湖。シルクロードを中心とした西域アジアに関する著書が多い作家の井上靖さんが憧れていたけれど、ついに見ることができなかったという湖です。ものすごく巨大で"天山山脈の真珠"と称されるイシククル湖を目にしたときは自然の偉大さに感動しました。実はもう一つ驚いたことがあります。キルギスの人は日本人に顔つきがかなり似ているんですよ。似ているのは顔だけじゃなくって、人柄の良さも。みなさん、私の出身地の長野県の人たちのように温かい人たちでした。

馬に跨る曽根原さん~キルギスにて~

キルギスではこんな小さな子供も立派に馬に乗る

―その時の旅で面白いエピソードがありましたら、お聞きしたいのですが。

曽根原さん: その時に隣のカザフスタンにも立ち寄ったのですが、オイルマネーがたくさん流れ込んでいるからでしょうね、街にはメルセデス・ベンツがひっきりなしに走っていました。東京よりもメルセデスの数が多い。これには、もうびっくりしました。キルギスが素朴な国だっただけに、「隣国なのに、こんなにも違うものなのか」と思いました。

キルギスののどかな風景

曽根原さんの出身地・長野県の人たちのように
温かいキルギスの人々

―カザフスタンの思い出は、たくさんのメセルデス・ベンツというわけですか。ちょっと面白いですね(笑)。他に、これまで曽根原さんが行かれた国の中で印象に残っている国ってありますか?

曽根原さん: はい。私の中でウエイトが大きいのはインドです。私が山梨で農業をやるちょうど1年前にインドを訪れたのですが、この時は、当時興味があったサイババのツアーに参加しました。訪れたのはサイババの生まれ故郷であるプッタパルティ、インドの西海岸に面するマハーラーシュトラ州の州都ムンバイ、インドのIT拠点として有名になったバンガロールといった地域です。しかしインパクトがあって印象に残っているのは路上で生活するストリートチルドレンや多くの乞食の人たちの姿ですね。あまりにも日本で見る光景とは違っていてショックでした。インドにはこういう人たちがたくさんいると分かっていても、実際に見ると衝撃でした。

衝撃を受けたインドでの旅

―外国に行くと、あまりに日本と違うことに驚かされることがありますよね。

曽根原さん: そうですね。気候も違えば価値観も違う。不思議なこともたくさんあります。世界は広いなって実感しますね。

―ところで初めての海外旅行はいつ頃ですか?その時はどこの国に行かれたのでしょうか?

曽根原さん: 最初に外国に足を踏み入れたのはイギリスでした。20代の後半です。その頃、弟夫婦がイギリスに住んでいたので、そこを宿として1カ月ぐらいかけてイギリス各地を回りました。ロンドンはもとより、オックスフォード、ケンブリッジなどなど。この時のイギリスの旅でストラトフォード・アポン・エイヴォンという町にあるシェークスピアの生家を訪ねたのですが、それがすごく良かったのを覚えています。建物や庭も美しくて、街自体がシェークスピア・タウンになっていてきれいなところでしたね。

ガイドブック片手に~イギリスにて~

―イギリスというのは、ちょっと意外な気もしました(笑)。ところで「えがおつなげて」では海外とのつながりもあるのでしょうか?

曽根原さん: はい。実は今もボランティアや視察というかたちで、いろんな国の人たちがフィールドにいらっしゃっています。韓国、中国、台湾、マレーシア、タイ、カンボジア、インド、ネパール、アルゼンチン、アフリカ。欧米ではアメリカをはじめフィンランド、フランス、ドイツなどから。世界中の人々が農村ボランティアとして訪れてくれます。農村ボランティアとは「滞在費はかからないけれど、その代わり働いて」というものです。滞在期間もまちまちで、1週間ぐらいの人もいれば3ヶ月間ぐらい滞在する人もいる。みなさん、日本の農村に感動して帰国されていますよ。

―なるほど、農村ボランティアとして海外からいらっしゃるんですか。そういう方たちは曽根原さんの農場のことをどうやって知るんでしょうね?

曽根原さん: 視察に来られる方は政府関係の人が多いのですが、ボランティアの方は個人の人が多い。ネットで「えがおつなげて」のホームページで情報を得ていらっしゃることが多いですね。また口コミで知ったという人も少なくないですよ。海外にはたくさんの日本人の方が住まわれていますが、そういう人の紹介でうちの農場にやってくる人が結構いらっしゃいますね。

海外からの農村ボランティア

―外国の方々と接触された感想は?

曽根原さん: そうですね。ヨーロッパの人たちが日本の農村に強く関心を持たれるのが面白いというか、意外でした。これだけ緑があるということに感動されています。日本の農村は緑の層が豊かなんでしょうね。うちの農場がある付近は広葉樹が多いので、秋には紅葉もきれいなんです。そういう風景も喜んでいただけています。 

キルギスの夕暮れ

―では、今後は海外での展開も視野に入れていらっしゃるのですか?

曽根原さん: そうですね。それは今、うちで展開している『関東ツーリズム大学』を発展させたものになる予定です。都市と農村の格差を調整するためには両者が交流して認識をしながら、お互いを理解することが大切です。そのために「えがおつなげて」では、『関東ツーリズム大学』をやっています。これは、拠点である山梨と東京を結ぶというだけではなく、東京を中心として、千葉、埼玉、神奈川、茨城、栃木、群馬、山梨、新潟、長野、静岡の1都10県のネットワークで都市と農村の交流を盛んにしていこうというものです。これを関西圏でもやっていこうと『関西ツーリズム大学』が今年9月からスタートします。この『ツーリズム大学』を海外でもやっていきたいと考えています。それが『アジアンツーリズム大学』。日本を拠点に、韓国、中国、台湾、ベトナム、タイ、マレーシア、インド、ネパールなどの国々との農業交流を盛んにしていこうという交流プログラム構想を持っています。近い将来、個人的には2012年頃にスタートできればいいかなと思っています。

―なるほど。それは素晴らしいですね。そういえば『ツーリズム大学』とは『旅する授業』と捉えられていますね。数年後には農業における『旅する授業』がアジアの国々を舞台に始まるというわけですね。

曽根原さん: そうなればいいと思っています。21世紀は農業の時代になるだろうというのが私の考えです。そういう意味では、農業国でもある日本は足元を見つめ直した方が良いと思っています。また他の国を旅して、その国の農業を見て回るのも良いでしょう。時間があればそうしたいと思っています。それは『アジアンツーリズム大学』を設立・運営していく上でも大変参考になるはずです。



キルギスの子供たち

―確かに、他の国を旅することはいろんな発見がありますね。そこでお聞きしたいのですが、曽根原さんにとって旅とはどういうものでしょうか?

曽根原さん: インドやキルギスといった国へ行くと、自分の中で"気づき"がありました。そんな"気づき"こそが、旅の最大の魅力ではないでしょうか。ただ、私にとって"気づき"を与えてくれる国というのは、欧米の先進国ではなくて、どうやらアジアの国々のようです。

―今日はお忙しいところ、お時間を割いていただき、ありがとうございました。

Interviewer,Writer:亀崎 恒(フリーライター)
Editor:森 裕(ファイブスタークラブ)





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