
現在、日本は空前のマラソンブーム。2008年北京オリンピックの女子トライアスロンでは井出樹里さんが日本人選手過去最高の5位入賞という快挙を収めた。マラソン同様、トライアスロンブームが起きる!?・・・と断言する、堀陽子さん&堀直之さんのトライアスリートご夫婦。陽子さんは、子供の頃から運動が大好き。大学の卒業旅行で初めて走ったホノルルマラソンでいきなり3時間少しの好タイムで完走。数々のレースでの栄冠。順調な競技生活を送られていたと思いきや・・・。
トライアスロンに傾ける情熱と努力。今日も明日もがんばる元気はどこから湧いてくるのか。
今回は、ニュージーランド・オークランドにある、堀さんご夫妻のご自宅を訪ね、夏の木漏れ日が降り注ぐ屋外の広いデッキで終始リラックスした雰囲気の中、さまざまなお話を伺いました。
<プロフィール>
■堀陽子さん
1968年東京都で生まれる。「運動することが大好き」で始めた陸上競技が「自分の可能性を信じて世界のトップを目指す」という強い思いに変化。トライアスロンの中でも過酷な競技・アイアンマンレースの"ワールドカップ"とされるアイアンマン憧れの大会『アイアンマン・ハワイ』(ハワイ島コナで開催)の上位入賞を今尚目指し続ける。(現在は一時休業中)
〔主な戦績〕
1993年~1996年ジャパンスーパーデュアスロンシリーズチャンピオンシップ4連覇
1999年~2000年皆生トライアスロン2連覇
2001年アイアンマン・ニュージーランド5位
2002年皆生トライアスロン優勝
2003年アイアンマン・オーストラリア4位、アイアンマン・ハワイ21位
2004年アイアンマン・ジャパン優勝、アイアンマン・ハワイ18位
2005年アイアンマン・ウィスコンシン(アメリカ)6位
2006年アイアンマン・ニュージーランド4位、皆生トライアスロン優勝
2007年アイアンマン・マレーシア3位
□堀直之さん
1970年神奈川県で生まれる。大学時代のトライアスロン同好会で選手として始動。妻である陽子さんも所属した茅ヶ崎のトラアスロンクラブの先輩でもある。1991年、陽子さんと行ったアメリカ・コロラド州での高地トレーニングが結婚への第一歩となる。2006年、競技歴18年目にしてかねてからの目標だった『アイアンマン・ハワイ』への実力での出場を果たす。陽子さんとの二人三脚でお互いを支え合い、刺激し合いトライアスリートとして進化し続ける。
〔主な戦績〕
2003年タウポ・ハーフアイアンマン(ニュージーランド)17位
2004年アイアンマン・ジャパン36位
2005年アイアンマン・ウィスコンシン(アメリカ)で翌年のアイアンマン・ハワイへの出場権獲得
2006年アイアンマン・ハワイ269位
2007年、お二人でWILD EDGE New Zealandをたちあげ、本拠地であるニュージーランド・オークランドでトライアスロン関係の各種ツアー企画、日本から来る選手達の指導にもあたる。日本への一時帰国の際には講演会やセミナーを開催する等、トライアスロンの積極的な普及活動を展開。
お二人のブログトライアスリートNao&YokoのNZライフ~ニュージーランドのオークランドに住むアイアンマン夫婦の日常~もお見逃しなく!!
ワイルド・エッジ(WILD EDGE New Zealand)
http://www.wildedgenz.com/
(※リニューアル版ホームページがオープンしました!!)
TEL: +64-9-585-1111
E-Mail: nyhori@attglobal.net
ADDRESS: 8 Rarangi Road Auckland New Zealand
森:いろいろなお話を聞かせていただきたいのですが、まずは、「いかにしてプロのトライアスリートへの道を歩まれたのか」から伺ってまいりたいと思います。よろしくお願いします。
陽子さん:中学校のクラブ活動で陸上競技を始め、大学までずっと続けました。小さい頃から体を動かすのが大好きだったんです。そして、将来、その経験を生かせる職業ということで体育の教師になりたいと思っていました。
競技年数を重ねるにつれ、自分のレベルアップをしっかり考えながら取り組むようにもなりました。中学高校では中距離(800mと400m)が専門でしたが大学では長距離競技も始めたことをきっかけにして、自分の未知数、つまり自分の可能性に対して更に興味が湧いてきました。そんな時にトライアスロンという競技があることを初めて知ったのですが、「いつかやってみたいな」と考える程度で学生時代を終えました。

いつしかその目標は上位入賞に!(※写真は過去最高位18位の時のもの)
森:学生時代からエリートの道まっしぐらだったんでしょうね。
陽子さん:高校までは順調だったと思います。でも大学時代は、日体大という全国から凄く優秀な学生が集まる大学だったということもあり、パッとしないまま終わってしまいました。がんばればそれなりに成績も上がり、自分の中では充実し、自信も付いた高校時代から更に全国的な世界でのレベルアップを狙っていたのですが、なかなか思うようにはいきませんでしたね。
森:それは意外ですね。
陽子さん:大学では成績が上がらない=モチベーションも上がらないといった競技生活でしたが、それとは逆に、運動、スポーツを学問的に学ぶことに対して強く興味を持つようになりました。その知識と経験は自分の世界を広げてくれたと思います。将来の理想の自分像なんかを描きながら学んでました。競技生活は落ち込みましたが、やはり運動に関わることが好きだったんです。そして、希望していた通り高校の体育教師になりました。
森:社会人になっても陸上競技は続けられたのですか?
陽子さん:社会人になっても陸上競技に対する未練はありました。でも、それどころじゃなかったんです。実際、体育教師はたいへんな仕事でした。理想と現実とのギャップに戸惑いながら、最初は仕事をこなすだけで精一杯だったのです。
森:じゃあ、競技を再開することになったきっかけは何だったんでしょう?
陽子さん:陸上競技から離れた生活の中でも、誰かがランニングしているのを見たりすると「あ~走ってるなぁ」とかは思ってましたよ。どこか心の底にはチャンスがあればまた陸上競技を再開したいという気持ちはあったと思います。そして、仕事に少し余裕ができたかなと思ったときにジョギングを始めました。

森:その時、種目は別として何かの大会で自分が優勝する姿を想像したりしてました?
陽子さん:全くありません。まずは、運動できる環境ができたことが嬉しかったです。そんな時に、大学時代の友人からトライアスロン駅伝に出てみないかと誘いがあったんです。
森:それは何年前で、どんな内容の大会でした?
陽子さん:教師になりたての年ですから1990年です。当時、滋賀県で行われていた「トライアスロン駅伝」という大会でした。水泳1000m、自転車30キロ、ランニング10キロの全部の種目を3人がチームになって各々が行う競技です。運動を再開したとはいえ本格的に練習するほどの余裕はありませんでしたから、楽しみで参加するって感じでした。自転車は持ってなかったので、その時に初めてレース用のバイクを買いました。ある知人の紹介でわざわざ茅ヶ崎まで行って買ったんです。
森:トライアスロン駅伝の結果はいかがでしたか?
陽子さん:いや~実は、ほとんど練習できなかったので、誘ってくれた友人に参加辞退を申し入れたんですよ。でも、駅伝なんだから一人欠けたら駄目なのよと怒られ渋々参加したのです。それなりにできるかなと思ってたんですが、結果は、ただただこなすだけ、ただただ辛いだけ、ただただ苦しかったことだけ覚えてます(笑)。
森:では何故、もう嫌だ!二度とやるものかと思わなかったのですか?
陽子さん:終わってみて、ただキツいだけのレースではありましたが、レースの上位に入った人たちを見たら悔しさがこみ上げてきたんです。しかも、その中の一人は、今で言うメタボリック体型に近い方で、自分がその人に負けた現実に愕然としました。自分の中で納得いかない気持ちがふつふつと湧いてきて、少しがんばってみようかなと思うようになりました。実は、その人はそこそこ有名な強い選手だったんですけどね。
他にもトライアスロンを本格的に始めるきっかけになったことがあります。それは、初めてレース用自転車を買った茅ヶ崎のお店のトライアスロンチームに入ったことです。その後、毎週末そのチームの練習に参加することになりました。
森:先生の仕事との両立はたいへんでしたか?
陽子さん:そうですね。先生の仕事にどっぷりと漬かり、教師という職業を全うするためにもっとがんばっていかなきゃなと思っていた時期でした。一方、トライアスロンの方も毎週チーム練習に参加し、いくつかの大会に出ていました。成績はみるみる上がっていましたので、まわりの人たちからの「がんばれがんばれ」という声援も日に日に大きくなってきていて、生活の柱は、徐々にトライアスロン競技に傾いていきました。
しばらくは仕事とトライアスロンを何とか両立させようとがんばっていましたが、教師になって3年目に某私立高校に赴任することになりました。
そこは、全国クラスの選手が育つ陸上競技の有力校で、生徒を指導しながら自分の競技を続けていくことがいよいよ困難になってきました。そもそも私は中途半端なことが嫌いな性分でしたので、思い切って教師という仕事を一旦お休みし、自分の納得いくところまでトライアスロン競技に専念しようと決めました。それが1993年3月です。
森:そして、その年の5月のジャパンスーパーデュアスロンチャンピオンシップ初優勝からの4年連続優勝!など、その後の華やかな競技者生活につながっていくわけですね。でも、いきなりこの成績は凄いですね。
陽子さん:トライアスロンはマイナーな競技なので、ゴルフやテニスのプロ選手とかと違って、それだけで生活するっていうのはやはり難しいんですよ。それで、私が初めてレース用の自転車を買ったトライアスロンショップを所有するスポーツ・アウトドア用品の輸入卸販売会社にお世話になりながら、競技者生活に深く入り込んでいったわけです。
森:ということは、直之さんは、チームの先輩であり、トライアスロンの競技者としても先輩になるわけですね?それに、会社の同僚でもあったわけですね?
陽子さん:はい、そうなんです。

アイアンマン・ハワイのレース直前トレーニング
森: では、ここからは直之さんにもお話に加わっていただき、お二人の関わりについても含めてお話を進めて行きたいと思います。まず、そのクラブは何人くらいいらっしゃったんですか?
直之さん:100人はいなかったと思いますが、それぐらいはいましたね。ところで、日本にもトライアスロンブームがあったんですよ。第1次トライアスロンブームです。
森:え!?日本にですか?(驚)それは知りませんでした。いつごろのことですか?
直之さん:1990年前後の頃です。アメリカで有名な選手が来日して参加した鉄人レースがTV放映されたんですよ。それがとってもかっこよくて・・・。デーブ・スコットとかマーク・アレンという選手が活躍していました。トライアスロンの神様と呼ばれていた人達です。
陽子さん:当時は、結構テレビでやってましたよ。
森:ところで、第2次トライアスロンブームってあったんですか?
陽子さん:ない・・・(笑)
直之さん:ここ1~2年で、きっと、来ますよ!!(笑) 去年、テレビ番組「行列のできる法律相談所」の東野幸治さん、菊池幸夫さん、本村健太郎さんの3人が石垣島トライアスロンに出場されてました。ブームは、ひたひたと来てますよ!!
陽子さん:ここ最近、トライアスロンという競技の認知度は確かに上がりましたね。2000年のシドニーオリンピックから正式種目になったということもあると思います。
※トライアスロン(出典: フリー百科事典「ウィキペディア」より抜粋)
トライアスロン (triathlon) とは一般的には3種類の競技からなるスポーツ競技のことであり、現在では専ら水泳・自転車・マラソン(スイム・バイク・ラン)をこの順番で連続して行う競技のことを指す。
3種の異なる長距離の耐久競技を、同一のアスリートが連続して実施することから「最も過酷なスポーツ」との認識が根強い。後述するオリンピック・ディスタンスを採用する競技大会が増加し、市民アスリートの参加も比較的容易となった。各地の大会への有名人の参加や、スポーツ自転車ブームも後押しする形で、日本における競技人口は増加しつつある。また、リレー形式で3人の競技者が力を合わせて実施する競技大会も一般的になっている。
一方、ロング・ディスタンス(水泳3.8km・自転車180kmの後にフルマラソンと同じ42.195kmを、1人のアスリートが走破する)競技は体力的に熾烈を極めるため、「鉄人レース」の名にふさわしい競技である。
日本国内では、1981年8月鳥取県米子市にある皆生温泉旅館組合の若手経営者達が日本初となる皆生トライアスロン大会を開催した。これ故、皆生大会は日本トライアスロン競技の聖地と呼ばれるようになった。
1982年に、各種データからみてバランスのとれた距離(スイム1.5km・バイク40km・ラン10km)が国際基準として設定された。現在、世界選手権など、世界のトライアスロン大会の85%以上がこの基準で開催されている。また、2000年のシドニーオリンピックから正式種目となったことから、オリンピック・ディスタンスと呼ばれることが多い。

お互いをしっかりサポートし合う理想のご夫婦(青々と茂る胡桃の木をバックに)
森:お話がそれてしまいました。元に戻しましょう。そんなにたくさんの人達がいる中で、お二人はどのようにして親交を深めていかれたんですか?
直之さん:そのチームの先輩の勧めもあって、アメリカのボルダー(コロラド州)の強化合宿に一緒に行ったんですよ。陽子は、まだ学校の先生をしていた頃で私は大学在学中でした。それが大きなきっかけですね。
陽子さん:ボルダーは標高1,600mで高地トレーニングに適した場所なんですよ。当時は日本ではそれほど有名ではありませんでしたが、今では、ボルダーは日本の陸上選手にとってもメッカですよね。夏でも比較的涼しいですし、しっかりトレーニングできました。それと、本場のアメリカのトレーニング事情を体感するという大きなテーマもありました。
直之さん:7~8月にかけて行ったので、ちょうどその時にトライアスロンの大会もあったので参加しました。
森:ところで、トライアスロンのオン・シーズンってマラソンと同じく冬じゃないんですか?
陽子さん:夏ですよ。寒い冬に海を泳げないですよ!(笑)
森:確かに泳ぐのはいいですが、真夏に自転車180キロとマラソン・・・(絶句)
森:これまでの競技者生活の中で最も印象に残る出来事って何ですか?
陽子さん:アイアンマン・ハワイに出られたことですね。やっぱり、トライアスリートにとっては夢の大会ですから。それがあったから私もトライアスロンに打ち込もうと思ったんです。出たくてもなかなか出れない大会なんですよ。各国で行われる予選大会で上位に入らないと出ることはできません。


森:陽子さんは、その憧れのアイアンマン・ハワイに何度も出ていらっしゃいますが、その中で最も印象に残る出来事は何ですか?
陽子さん:2007年のレースです。そのレースを最後に一旦お休みしようと決めて出場したレースだったんです。それまで何度もレースに出ていましたが、一度も経験したことがない最悪のハプニングが起きてしまいました。それは、サドルを止める金具が折れて自転車に乗れなくなってしまったんです。
森:で、どうされたんですか?
陽子さん:メカニックの人に手伝ってもらい、別の金具を使ってガムテープをぐるぐる巻きにして応急処置をし、できるだけ体重をかけないようにしながら何とか最後まで走りきりました。でも、よりによって最後のレースでそんな事が起きるなんて悔やんでも悔やみきれませんでした。
森:ということは、また復帰して出るということですか?
陽子さん:出たいんですよ。競技も本当は続けたかったんです。でも、子供を作る年齢的な限界もそろそろ来ているということもあって直之とも相談して一旦お休みしようと決めたんです。そのあたりは授かり物でもありますし、もう、身を任すしかないなと思っています。
森:趣味として続けるってこともできるのではないのですか?
陽子さん:いや!できることならやはりプロとしてやりたいですね。だから、できるだけ早く復帰したいと思っているのですが・・・ さらに上を目指すことも不可能だとは思っていませんよ。
森:では、直之さんに同じ質問です。
直之さん:2005年にアメリカのウィスコンシン州で行われたアイアンマン・ウィスコンシンですね。その年は異常に暑い夏で、トライアスロンレース史上で完走者が非常に少ないレースだったんです。それに加えて、レース途中にタイヤがパンクしちゃってたいへんだったのですが、集中力を切らさず完走することができました。最後まであきらめずにがんばった甲斐あって、翌年のアイアンマン・ハワイへの出場の権利も得ることができました。18年目にして初めて実力で獲得したアイアンマン・ハワイへの挑戦権でした。自分が本当のアイアンマンになれたと思った瞬間でした。(笑)今までにない自分がそこにいたんです。
陽子さん:トライアスロンに限ったことではなくスポーツ全体に言えることなのですが、肉体と精神がバランスよく結びつかないとよい結果はでないということだと思います。
自分の調子が悪くて他の選手に抜かれても平常心を保つ精神的なタフさ、折れない心。自分をトータルにコントロールできる力とでも言ったらよいのでしょうか。
直之さん:速い選手っていっぱいいるんですよ。でも、いつも速いわけではなく、よい成績を残せずに悩んでる人もいっぱいいるんです。
陽子さん:肉体的な強さだけではダメで、精神的な強さに加え人間的な魅力もとっても大切な要素だと思います。私は、若い選手を指導することも多いのですが、そのことを口がすっぱくなるまで強く言っています。
森:他に出場した海外のレースは?
陽子さん:ハワイ、アメリカ本土、カナダ、マレーシア、韓国、オーストラリア、ドイツ・・・ですね。それと、ニュジーランド。
森:海外のスポーツイベントってどんな雰囲気なのですか?
陽子さん:特にアメリカは、選手と主催者、そしてボランティアや地元の人たちが一体となってもの凄い盛り上がりです。過酷で辛いレースなのですが楽しみながらレースできる雰囲気作りをしてくれます。地元の人は「お祭りだ~」、「がんばれ~」って感じで応援してくれます。
森:日本のレースにはない雰囲気ですか?
陽子さん:そうですね。もちろんないことはないのですが、もう少し盛り上げてくれてもいいなとは思います。特に、アイアンマン・ハワイの大会は格別ですよ。
森:各国のお国柄、国民性ってのもあるでしょうね。
直之さん:僕はドイツの大会も凄かったと思いますよ。とってもよい雰囲気でした。

陽子さん:オーストラリアもいいですね。アメリカに近いところもあると思います。ニュージーランドは、手作りでほのぼのとしたアットホーム的なやさしい雰囲気で好きです。
森:海外遠征の際に楽しみにされてることは何かありますか?
陽子さん:地元のトライアスリートのお宅にホームステイさせてもらうことです。トレーニングのこと、食事のこと、いろんな情報交換をさせてもらいます。海外のレースに参加するたびに新しい出会いがあり、その後の関係ができ、トライスロンをしていなければ、こんな貴重な経験はできなかったと思います。トライアスロンを始めてよかったなとつくづく感じます。

森:それでは最後に今後の方向性などを伺いたいと思います。
陽子さん:これまで私たちがトライアスロンを通じてよかったと思えることを他の皆さんにも積極的にお伝えしていきたいと考えています。数年前にWILD EDGEという会社をたちあげました。その会社でやっていることは・・・
★ 日本からの選手のトレーニングや食事のお世話
★ ニュージーランドで行われるトライアスロンの大会のツアーの企画
★ ニュージーランドでのトライアスリート研修ツアーや体験ツアー
★ 日本帰国時の講演会やセミナー
★ パーソナル・コーチング・プログラム(メールでのオンライントレーニング指導)<※セミナーやコーチングでこれまで指導した人数は200人近くになる>
★ アクティビティやスポーツツアーのご提供
森:ニュージーランドでは堀さんたちがホームステイのホストになられるわけですね。今日はいろんな話を伺うことができました。ありがとうございました。
Interviewer&Editor:森 裕(ファイブスタークラブ)
★★★★★ファイブスタークラブ・ツアー情報
ファイブスタークラブでは、堀陽子さん&直之さんプロデュース・トライアスロンツアーの申し込み受付を行っています。奮ってご参加ください!
<ニュージーランド>
★openwaterswim.jp&プロアイアンマン堀陽子・直之共同プロデュース ニュージーランドオーシャンスイム・トライアスロン体験ツアー
★日本スポーツ&ボディマイスター協会推奨 プロアイアンマン堀陽子&直之共同プロデュース ニュージーランド トライアスロン海外研修ツアー
※大阪発着など地方発着のツアーに関しては別途お問い合わせください。
<関連団体リンク>
openwaterswim.jp
日本国内初のオープンウォータースイム総合情報サイト2010年2月1日オープン!!
http://www.openwaterswim.jp/
日本スポーツ&ボディマイスター協会
身体と心の専門家「ボディマイスター(通称:からだソムリエ)」の養成スクール
http://www.body-meister.co.jp/index.html/
※次回予告
第四回(予定)<海外プラント仕事請負人>
(株)東洋エンジニアリング海外事業本部
シニア・エンジニア
中山隆之さん
テーマ : 突貫~言葉と習慣の壁を突き貫く
(2月末公開予定)

